เข้าสู่ระบบ『ノーマン! 来てたの! その連れはだれ……?』
『ああ、レイチェル。久しぶり! サオリは僕の大事なお客だよ』 レイチェルと呼ばれた若い女性は、沙織をじろじろと観察する。 『サオリ、紹介するよ。こっちはレイチェル。ブラック・ルールの監督の娘さんで、モデルの卵だ』 『よろしくお願いいたします、サオリ・アユカワです』 レイチェルには、奏多が見えていないようだった。 不審者を見る目に、沙織は冷や汗をかく。 このゴージャスな空間に不慣れなのは、自覚している。 普段からいいものに囲まれて、見栄えのする塔矢奏多とは違うのだ。『レイチェル、なんて顔をしてるんだい。サオリは”ゴールデンノーズ”で知られる雪中白梅の作者だ。今回、オレの依頼で日本から呼んだんだ』 『ふうん、そうなの。そういえばあなたの名前に似た映画があったわね。あれ見たわ』 『それは小百合ですね。「ごめんね、奏多……」「気にするな、リモートでも仕事は出来る」一週間かけて調香していた沙織は、熱を出した。今日は、会社に休みをいれてベッドの中で寝込んでいた。弟の順一郎のことも話さなければいけないのに、こんなところで熱を出すとは。ノーマン・ギゼルの依頼の香水は出来上がって、寝かせてある。「疲れがでたんだろう。ハリウッドでは、散々わけがわからない目にあったからな」「ホントに。短い期間に凄いことが起きたね……けほっ」奏多は、沙織の額を冷やすシートを取りかえた。病院の結果では、単なる風邪だと言われている。「おかゆを作ってくる。卵かゆのほうがいいか?」「どうしよう……あんまり食欲がないかも」「食べないと、薬が飲めないだろう。検索しながら、よさそうなレシピで作ってくる」「うん……ありがとう……」熱で潤んだ瞳で、沙織は奏多を見送った。仕事をリモートにしてまで、側で看病してくれる奏多には感謝している。ひとりだったら、熱にうなされながら一人でいろいろ考え込んでいたところだ。体は、熱がしつこくつきまとい、だるさが付きまとっている。つい先週までは、ロサンゼルスの高級住宅地にいたのだ。熱でぼんやりした沙織には、遠い昔のように感じる。沙織のスマホが振動し、沙織は目をしばしばさせながらメッセージを読む。大学時代の親友の知加子からだ。”大丈夫? 看病にいければいいんだけど”知加子は、パートをしながら主婦をしている。去年結婚したのだが、結婚相手がそれなりに大きな実家で、義母たちと二世帯住宅で暮らしていた。OLを辞めて、近所のドラッグストアでパートをしているが、それは義父の体調がよくないせいだ。そう簡単に、パートのあとに沙織の家にくるほど自由はきかないだろう。”大丈夫、奏多が看病してくれてるか
帰国した沙織と塔矢(とうや)奏多(かなた)は、すぐさまそれぞれの仕事に追い込まれた。 幸いなことに、ノーマン・ギゼルと沙織のニュースは沙織の身辺に広がっていなかった。 沙織が海外ではゴールデンノーズと呼ばれるレベルの調香師なのは、家族と知加子にしか話していない。 あとは、同じ仕事の瀬名(せな)大地や会社の人間、朝霧(あさぎり)司(つかさ)くらいなものだ。 それでも、朝のニュースでちらりとノーマン・ギゼルが”ゴールデンノーズ”と言われる日本人調香師に振られたことは軽く触れられていた。 昼のニュースで、深く掘り下げられなければいいのだが。 ノーマン・ギゼルの主演する”ブラック・ルール”は、日本でもそれなりにファンと知名度は高い。 頭痛を押さえて、沙織は本格的な調香を開始した。 今回は、完全なオーダーメイド。 他のスキンタイプを気にする必要はない。 香料が甘くなりがちなノーマンの肌情報だけを念頭に置いて、作業するだけだ。 プールに入るまえと、プールに入ってからのノーマンに、香料サンプルは乗せている。 あとは、思い浮かんだものをどんどん重ねていくだけだ。 アラームを設置して、沙織は作業に集中した。 *** 『ノーマン、あんなことカメラのまえで言ってよかったの?』 『あんなことってなんだい?』 ノーマン・ギゼルは、ブラック・ルールの監督の娘であるレイチェルと、カクテルを飲む。 レイチェルが危惧したとおり、ノーマンは沙織に気が合った。 しかし、公共の電波で振られたと告げたということは、沙織のことは諦めたのだろうか。 ノーマンに思いを寄せる女は、アメリカだけでも凄い数がいる。
「はぁ~~やられたぁ……」 もみくちゃになったまま、ファーストクラスのラウンジに辿り着いた沙織はため息をついた。 ノーマン・ギゼルによって、沙織のフルネームと、ゴールデンノーズという正体がさらされてしまった。 おまけに、ノーマン・ギゼルを振った女として、世界に知られてしまった。 「個人のSNSは鍵かけとこう……何言われるかわかんないよ」 実際、瀬名(せな)大地からも「大丈夫ですか」というやんわりとした疑問のメッセージが届いている。 タイミングからして、もう記事はネットに流れているのだろう。 奏多(かなた)がラウンジでドリンクを受け取っているあいだ、沙織は大地に詳細を送り返した。 大地にはもう、色々な葛藤を含めて話してしまっている。 今更隠すことはない。 大地にメッセージを送り終えると、スマホの画面が電話に切り替わる。 電話相手は、弟の順一郎だった。 咄嗟に沙織は、電話を切った。 心臓が、ぎゅっと痛くなる。 出なくても、おそらくまた金の催促だと本能が告げた。 「沙織、どうした? 顔色が悪いが……」 「なんでもな……」 言いかけた沙織の電話が、またすぐに鳴り出す。 奏多が、丸見えの画面を見て「沙織の弟の順一郎じゃないのか?」と聞いた。 「日本からの電話だろう? 向こうはまだ朝の6時くらいじゃないか?」 「うん、多分……」 「出ないのか?」 沙織は、どうしたらいいのか分からなくなった。 奏多の目の前で、弟からのたかり電話は聞かれたくない。 それでも、いきなり電
朝霧(あさぎり)司(つかさ)は、弁護士業務のあいまにネットニュースを追っていた。 沙織と、ハリウッドスターのノーマン・ギゼルとのスキャンダル写真に、心が乱されている。 ノーマン・ギゼルが親日家で、ドラマ宣伝のたびに来日するから日本でもニュースになったのだろうが、そうでなければそうそうハリウッドスターのニュースなどは流れてこない。 SNSなどで情報は追っているが、中国か韓国の女優が相手ではないかという噂で終わっていて、沙織の名前は出ていない。 「――なんで、こんなことに」 司は、沙織の恋人ではない。 今はまだ。 単なる大学の先輩・後輩の間柄だ。 どうしてこうなったのか、聞く権利はない。 それでも、嫉妬がぎりぎりと胸をしめつける。 半裸で沙織をプールで抱きしめるなど――やっていいのは恋人だけだ。もしかすると、沙織はハリウッドスターの魅力に流れたのか。 だとしても、それを糾弾する資格は司にはない。 高山(たかやま)隼人(はやと)のときのように、沙織を見送るのはもう嫌だ。 イライラしながら仕事をする司のスマホが揺れる。 開くと、それは沙織の親友である知加子(ちかこ)からだった。 『沙織のネットニュース、もしかして見た? 見てなかったらごめん。一応私から聞いたけど、プロポーズをされたけど断ったんだって。あの写真は、いきなりプールからひっぱられたときに、パパラッチに取られたみたい』 プロポーズをされたけど、断った。 そこを二度読みして、司は眼鏡をはずすと深呼吸する。 良かった。 なにも言える権利も資格もないけれど。 今だけは、ホッとできる。眼鏡をかけなおすと、司は知加子に返信した。 おそらく、知加子は司が沙織のことを好いているのを知っている。 そうでなけば、三人ででかける約束を知加子だけがいきなり断っ
一瞬、キッチンがしんとした。 ノーマン・ギゼルの唐突なプロポーズに、沙織も奏多(かなた)も固まった。 「ノーマン、冗談はそこまでに……」 『ジョークじゃないよ。沙織のことは前々から気になってた。会って話せばキュートだしね。”ゴールデンノーズ”の沙織と、ハリウッドスターの結婚って、センセーショナルでいいと思うな』 こわばっていた沙織の体が動いた。 ノーマン・ギゼルが欲しいのは名声だ。 沙織本人のことは、ついでに聞こえる。 「そういうお話は、お断りします。お仕事はしますが、プライベートのことは干渉しないでください」 『オレって魅力ない? もう少し考えてもいいんじゃない?』 そっと小さくため息をついた奏多は、水を飲む。 凛とした沙織の姿勢は、ぶれない。 もう、心を決めたのだろう。 「魅力的な方だとは思いますが、お付き合いをしたいとは思いません」 『そうか、残念だな。レッドカーペットに連れて行きたかったのに』 ノーマンとしては、そこで話が終わりらしい。 沙織は、また調香に思案を伸ばし始めた。 ――今回のことで、分かった気がする。”ブラック・ルール”のエドワードと、ノーマン・ギゼルは違う。 ノーマンはひとなつっこく、エドワードは他者を拒絶する。 それでいて、ノーマンは沙織にしたように、軽々とプロポーズをする。 沙織のなかで、もしあのプロポーズを本気にしていたらそれはそれで大変だろうという予感がある。 明るい香料と、どこかひやりとするラストノートを、何パターンか書き込んだ。 陽気で、それでいてプライドの高い、男っぽいノートだ。 あとは、日本に戻って作るだけ。来て良かったと思う。 とんでもないことは起きたが、表面上のノーマン・ギゼルを見ても、この調香ノートは出
『嫌いな香料……そうだな、バラの香りは好きだけど、バラの香水は好きじゃないな』「わかりました……次にこれを試してほしいんですが』沙織は、ノーマン・ギゼルの豪邸の中のプールサイドで、ノーマンと会話していた。嫌いなもの、好きなもの。香水のデータだけでなく、プライベートの質問にもどんどん踏み込んでいく。家の中に、大きなプールがあるという財のありかたに、もうすくんではいなかった。『これはなに?』『肌のスキンタイプがわかるサンプルです』泳ぐノーマンは、検査をしている間、沙織をまじまじと見つめていた。『サオリもどうだい、一緒に泳がない?』『仕事中ですから』ハリウッドは気候がいい。プール際にいると、ジャケットがいらないほどだ。ノーマンの肌タイプは、スイートタイプだった。香料が、成分より甘めに肌で香ってしまうタイプだ。沙織は予定していた香料を、脳内で弾いていく。『サオリ、おいでよ』作業をしていると、沙織はいきなり腕をひっぱられた。「沙織!」プールサイドの椅子に座っていた奏多が大声を出す。ドボン! 水音がして、沙織は泳いでいるノーマンの腕の中に抱き留められた。「な、なにす……奏多っ……!」『びっくりした? せっかくハリウッドにいるんだから楽しまなきゃ』突然の着衣水泳になって、沙織は混乱した。筋肉質なノーマンの肌に抱きすくめられて、それも恥ずかしい。『誰です!?』それまで傍観していたキャロルが、塀に向かって大声を出す。カマラを持った複数人の男が、キャロルと目が合って逃げ出した。――カメラ? ってことは、スクープにされちゃう!?沙織の体が、ぐいっと上がってプールの上まで引き上げられる。両腕を濡らしてまで、引き上げたのは奏多だ。「滑るぞ、立てるか?」「――こちらに。私のですが、着替えがあり